父・真我のきっかけ・・・3


 

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
毎日、皆さまに下記のバナーを押していただくことで、世の中に本当に大きな影響を与えています。本当にありがとうございます!

下記の2つのバナーをクリックしてランキングにご協力ください!
   ↓  ↓  ↓  ↓
 にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ

 

昨日は、YSこころのクリニックでの面談中に、

癌の手術を控えている中、淡々と話をする父へ、

『あまり動揺することなく、歴然とされていらっしゃるというか、

何かお持ちなんでいらっしゃるですか?』とうい問いに、

 

父は、『ないですね』と、即答したところまで、

書きました。今日は、その続きを書きたいと思います。

 

 

 

母への思い

(所長)ああ、そうでしたか。

 

(父)ええ。5月にも、これらも出席を強制的にさせなきゃいけないんですけど。

5月に菩提寺のほうで段取りを始めてるところです、

2か月先なんですけど。

 

ええ。わがままに育ってきてますから。

私実は末っ子なんですよ。上がまだ、姉が1人残って。

これが昭和2年生まれですから、もう89歳になるんですかね。

あとはみんな、兄も姉も、もう1人姉がいたんですけど、亡くなりましてね。

ですから、今兄弟というのは、近くにおるんですけど、

5分ぐらい離れた所ですけど。

これが逆に一生懸命本人は、私は弟ですから、

何か手助けでもしようかなと時々電話があるんで。

今朝も電話があったぐらいなんで。

 

(所長)ああ、そうなんですか。

 

(父)ええ。ですから、それはいいんですけど、

特別、私は何かをやってきたとか、

修行なんか一切やってません。

 

(所長)ああ、そうなんですね。

 

(父)そうです、そうです。家内は今年が13回忌なんです

 

(所長)ああ、そうなんですね。

 

(父)ええ。

乳癌のしかも進行癌だったですね。

硬いほうの癌。しかも中へ入っていく癌だと担当医に言われました

 

(所長)なるほどですね。

 

(父)本当に転々と病院を3か月おきに変わって、

丸々366日に亡くなりましたね。

再入院してからちょうど366日の時に、

息を引き取りました。私は毎日ぐらい、

午前の部、午後の部で。

(毎日、食事の介助で病院に通っていた)

 

(所長)ああ、そうでしたか。

 

(父)そんな関係で、私は勤めも辞めまして、

かみさんの介護で1年間。

 

(所長)ああ、そうでしたか。

 

(父)はい。2003年に退職しまして、

彼女は2004年に息を引き取って。

 

(所長)ああ、そうですか。

 

(父)はい。ですから、2003年に入院。

これの姉が病院へ、

一緒に行って、そこでそのまんま引きとめられて、

入院という状態になっちゃったんですね。

ですから、ちょうど15日がそういう状態で、

16日に息を引き取って。だから、記憶には366日だと思っておりますので。

 

(所長)ああ、そうでしたか。じゃあ、奥様には最期、

めいっぱい尽くされたという。

 

(父)そうですね。自分としては、

できるだけの努力はしたつもりです。

これの姉のほうが、休みの時には、

必ず私のカバーということで

半日入ってくれたもんですからね。

それ以外は私が。

 

(所長)そうでしたか。

 

(父)ええ。日に2回というのはざらでしたよ。

 

(所長)でも、毎日のようにご主人に来ていただけると、

奥さんも心強かったんじゃないですか。

 

(父)そうですね。やっぱり全然違いますね。

それもはっきり分かりましたね。

ですから後半、今時分に最後の病院に転院したんですけれども、

それがちょうど桜がいい時期で、

その病院にたまたま1か所だけ桜が見られる所があって、

そこへストレッチャーで連れていきまして。

大きい病院だったんですけど、

なかなかいい病院で。そんなことがありまして。

ですから、かみさんにはかなわないなと思って。

あははは。

 

(所長)あははは。そうなんですね。

 

(父)ええ。

 

明日に続く…。

 

当時、意外に感じたのが、

動揺しないことに関して、

何か、お持ちなんですか?という問いに、

一切、修行なんかしたことないという答えでした。

 

私の実家は、父方の祖父がとても、

信仰が高かったので、祖父、伯父、父、伯母も、

皆、お経を上げることが出来ます。

 

父は仏典もよく読んでいました。

にも関わらず、信仰が高いことも、

お経を読むことにつていも、触れることがなかったのは、

正直、意外に感じました。

 

手術に対する恐怖心は、娘である私たちにほとんど、

見せることはないものの、

母が癌を患った時に、父は、誰よりも献身的に介護をしていました。

ありとあらゆる治療法を調べ、

良いと思われる治療を母へ薦めたのも父でした。

治療法を調べる一方で、『癌は本当に恐ろしい病気だ』と、

話していたこともありました。

 

そのように、母のために、癌という病気に向き合ってきた父が、

 

今度は自分の身に降りかかり、

 

恐怖心を抱かないわけがないことは、

容易に想像出来るのですが、

昨年当時は、あまりにも、

父が見せる姿がすべてのように、

思っていたということにも、

今回、改めて、振り返ることで、

気づきました。

 

 

今日は、ここまで。

 

 

 

 







いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
毎日、皆さまに下記のバナーを押していただくことで、世の中に本当に大きな影響を与えています。本当にありがとうございます!

下記の2つのバナーをクリックしてランキングにご協力ください!
   ↓  ↓  ↓  ↓
 にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ