誰も責めたくない


 

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先日、佐藤康行の講座を受講した時のことに、

ついて書きたいと思います。

 

昨日、一緒に受講した人から、

連絡をもらいました。

 

その方は、今回の講座に、

新規の方を8人も導いたので、

1人、1人、フォローをしている状態です。

そうすると、当然ですが、あの、インパクトのある、

佐藤康行と私の真我との対話の話が出るそうです。

 

『あれは、ヤラセなんじゃないかと』

 

😱😱😱

 

思わず、『私が見ている立場でも、

ヤラセかと思うわ😆』と、言いました。

 

まぁ、当たり前ですが、

理解不能なのだと思います。

あの時の私は、

う”ーーーっていう、

うねり声が出て、幾つかの言葉を発した以外は、ほとんど、言うことが出来ず、

 

真我を開いてもらって終了という感じでした。

 

この事について、講座が終わった後、

 

直接、佐藤康行に聞いてみました。

 

『もっと、出したかったんですけど、あれ、

何せなかったんです、

何でなんでしょうか?』

 

すると、佐藤康行は言いました。

 

『どちらかというと、

言葉にならないという感じだね、

 

誰も責めたくない、向こうの親も、

 

彼のことも、だから、

何も出せないのだと、

でも、一度、自分一人で、

やってみたらいいと、

絶対、大丈夫だから、

 

彼には、ゴミはぶつけないで、

 

ゴミはゴミ箱に入れて🗑やると良い』

『誰も責めたくない』と、言われて、

 

正直、意外でした。

責める心がある事、

いつも、私の中で、

渦巻いているのを、私の心の中の事なので、

一番、良く知っているからです。

 

言われた時は、ピンとこない感じでした。

俗に言う、『私、そこまで、いい人じゃないし』という感じです。

なので佐藤康行から観る視点は、

そういう捉え方なのかという感じてした。

 

それが時間が経って来てから、

 

気づいたのは、

『佐藤康行は、常に、真我しか相手にしていない』

そういうことなのだ。

 

責める心は、三層構造でいうところの、

 

第ニ層なのです。

 

真我は、絶対の心、

 

相対が無い世界です。

 

 

分かっているようで、

 

現実の世界では、

振り回されるのだなと思いました。

 

そして、真我は、誰似でも等しくある心です。

改めて、振り返ってみて、

 

『責めたくない心』の事の意味が分かった!

という感じてした。

講座直後に、言われたので、

翌日、ブログに書いても良かったのですが、

 

佐藤康行の『誰も責めたくないんだね』だけを

 

ブログに書いてしまうと、

 

本質が見え無い感じがしてならなかったのです。

 

ドロドロと、渦巻いている心が在るのに、

そこを書かないなんて、どうなのだろうか?

という感じてした。

 

客観的に捉えられて、

 

大分、スッキリしました😊

 

 

今日は、ここまで。

 

 

 

 



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