解説をしてみる✑
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先日、ブログで、真我は命より大事ということを、
書きました。
自分で書いたので、自分が意識します。
自分が話す言葉は、一番、聞いているとは、
言ったものです(●^o^●)
さて、その解説を自分が出来るのかと思って、
考えようと思いました。
先ずは、自分の体験を省みました。
命より大事、
普通は、そんなことを言ったら、
『命より大事なこなんてあるわけない』と、
言われるでしょう。
ですが、『命』まさに、
我が家は、命のことでした。
真我開発が無ければ、
命が断絶していたわけです。
少なくとも、心の中では完全に断絶していました。
心で断絶していたものが、
まず、心が救われました。
心が救われるということは、
心をなでて、一時的に、
何となく、良くなったというレベルではありません。
心が救われ、命の断絶を辞め、
結果的に本当の意味で、
命が救われ、命が生かされたのです。
当り前ですが、
ほっといたら、
肉体の命が亡くなっていたのです。
私自身の場合は、
命を絶つというよりは、
記憶を絶ちたいと、
本気で思っていました。
危ないですねーーーー。
記憶が無くなれば、
悩み、苦しみから解放されるので、
そちらの、世界🌏が良いと思っていました。
記憶が経たれたら、本人は、
少なくと、願いが叶ったといことなので、
幸せかもしれません。
ただ、今度は、記憶が無くなったことで、
新しい苦しみが始まるとも言えると思います。
当然、周囲の家族は大変ですね。
真我に目覚めたあとにも、
そういう思いに駆られていたので、
『真我開発講座って、人生の上がりじゃないの??』とか、
思っていました。
受講後、迷ったり、不安になる気持ちは、
そういう意味では、私も、その気持ちがよく分かります。
そういうことを思って、
朝、寝室の掃除機を掛けていたら、
昨年、佐藤康行と実家の父が、
クリニックで面談をしてもらっていた時の音声が、
YSポットから、
鳴り響いていました(@ ̄□ ̄@;)!!
父も、ある意味、命が懸っていたので、
面談へ行きました。
佐藤康行は言います。
真我に目覚めるには、
『命が懸るぐらいがちょうどいい』
確かに、真剣にならざる負えないです。
ですが、明らかに、夫を通して、
追究始めた頃、
私から観る夫、
また、私自身も、
ゲイが命のことに関わっているなどとは、
まったくもって、理解していませんでした。
かつて、佐藤康行から言われた言葉があります。
『私に言わせると、命が懸っているですよ、
命が懸っているんですから、
真剣に受け止めて欲しいわけ』
命が懸っているですよ!!
命より大切なこと。
今日は、ここまで。
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