父・真我のきっかけ


 

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これから、暫くの間、先日、実家の父が佐藤康行と、

面談をしていただいたくまでに、

至ったことを、公開したいと思います。

 

昨年、実家の父は、

初めて、『YSこころのクリニック』へ行きました。

その時期は、

翌月に最初の癌の手術が、

控えていました。

淡々と手術へ向かう父を見て、

私は、あまり、余計なことを言わない方が良いのでは?

と、思っていました。

ですが、あることをきっかけに、

手術が迫っている中に、半ば強引に、

クリニックの面談の予約を入れました。

 

流石に、父としても、

手術の日程も決まっているのに、

なぜ、急にそんなことをいうのか?と、

何だか、よく分からない間に、

面談を設定をしたため、

当日の朝には、

いわゆる、心のゴミ出しが大変でした😅

 

『なんで、急にそんなことを言いだして!!』

 

父にしてみれば、当然だった思います。

 

結果的に渋々、

面談をしたという状態でした。

その証拠に面談後、

 

『今日は、何のために、俺を連れて行ったんだ?』と、

言われる始末でした。

 

今、振り返れば昨年の面談が、

父自身が初めて、

真我との直接の関わりを、

持つきっかけでもありました。

 

その後、手術をして、

昨年の7月には、

佐藤康行の2日間の講座を受講するに至りました。

 

今回、何故、この初めての面談時の内容を、

公開しようと思ったかというと、

1年間を通して、

父の変化を見ることが出来たからです。

 

具体的に言うと、

昨年の面談⇒昨年の講座受講、

そして、今回、佐藤康行との面談で、

明らかに父自身の真我へ対する、

変化が見えました。

 

 

真我、今まで、世の中になかったものです。

人間、誰もが持っている、

とてつもない力です。

にも関わらず、私は、

自分以外の愛する家族や、

愛する人へ伝える時には、

なぜか上手に伝えることが、

出来ませんでした。

姉に伝える時も、父へ伝える時もです。

 

いつも、このブログを読んで下さっている皆さまへ、

今回の内容が、真我を身近の人へ伝えること、

また、今回の『癌』という病、

まさに、命が懸った時の、

真我の伝え方、

そのヒントになればという思いも含めて、

公開することにしました。

 

 

では、早速、お読み下さい。

※所長:クリニック主任カウンセラー

父、YSこころのクリニック面談 2016年3月22日

(父)去年の11月に癌と。

(所長)ああ、そうなんですね。

 

(父)ええ。それで年内そのまま伏せて、12月25日に最終的に〇〇癌の可能性が疑わしいという診察結果が出まして、

すぐその場で「どこでも紹介しますから」ということで、

「手っ取り早い話、近くの病院で」と言っていくつか挙げられ

て、□□△△と公立の☆☆♢♢病院を挙げられて。

□□△△病院は、

内をそこで亡くしてるもんで、

あまり印象よくないんですよ。

 

(所長)ああ、なるほどですね。そうなんですね。

 

(父)ええ。それと時間、距離がかかるもんですから、

バス1本でしかも降りてから歩かなきゃならないと。

それで、「☆☆♢♢病院のほうで」と言って。

 

(そして、父は、自分が入院する病院が、地元では、

ガンの専門だということをこと細かに、

所長へ語り始めました)

 

(所長)ああ、そうなんですね。

 

(父)私の説明じゃあ、ご納得いただけないかもしれないですけど。

 

(所長)いいえ、大丈夫ですよ。

 

(父)これが私の診察券なんですけどね、

こういうふうに「癌☆☆☆彡センター・☆☆♢♢病院」となって。

 

(所長)ああ、ほんとですね。

 

(父)ええ。

 

(所長)ほおー。

 

その後、自分が今の現住所で生まれ育って、

今回、入院する病院は、疫痢・赤痢の代名詞だったこと。

今回の手術をきっかけに、病院に対する認識が改まったこと。

紹介された先がどのような専門外科であるかということ。

年明けからずっといろいろ診察、MRIだCTと続けてきて、結果的にどいういう診断をされ、

どのような手術をすることになったのかということを、

最初の診察から、検査入院、最終的な手術の日程が決まる過程を、

時系列で記憶を辿るように、

初対面の方へ話しをするには、

結構な時間を掛けて話していました。

今、思えば、何も聞かれていなのに、

ある意味では、しゃべらされているという状態に近かったと思います。

 

 

(所長)なるほどですね。

 

(父)明日が2週間後(検査入院後)の面談なんです。

その矢先にこれ(私を指し)と姉のほうが言ってきたんです。

「YSクリニックを紹介するからそちら行って心療内科のほうで

いろいろ見てもらえ」という話になっちゃったわけなんです。

 

 

(所長)なるほどですね。

 

(父)そんな次第なんです。

 

(所長)ああ、そうでしたか。

 

(父)はい。ですから、癌そのものを、私はそういう覚悟を持って、

右の△△だけじゃなくて□□も摘出するというのは、

2週間前に初めて言われたんですけども。

「癌そのものに対する評価はどうなんですか」と伺ったら、

「2年ないし3年かな。3年まで行ってないんじゃないかな」とい

うような担当医の返事だったですね。ですから、

若い癌だという言い方でした。

 

(所長)なるほどですね。

 

(父)はい。ですから、私は何も心配してないし、

今までいろいろなアンケート調査も(クリニックの最初の問診票を指し)

書きようがなかったんです。あはははは。

 

(所長)ああ、なるほどですね。

書きようがないというのはよろしいんじゃないでしょうか。

 

(父)あははははっ。

 

(所長)そうでしたか。今日は娘さんたちが、

ということなんですけど。

 

(父)そうなんです。別に私は心療内科というのは初めての経験ですからね。

「行け、行け」と言うもんですから、姉のほうが。

 

(所長)なるほどですね。

 

(父)ええ。佐藤先生にはだいぶご厄介になってるもんですから。

あはは。身分証明書方々。あはは! 

鑑定作ってもらえますか?」ということでお邪魔したような次第なんですけど。

 

 

(所長)なるほどですね。手術というのはいつ。

 

 

(父)手術は4月18日入院で、1週間という予定を立てております。

 

珍しく、面談中に、

緊張した声で答えていました。

 

 

 

(所長)ああ、なるほどですね。

 

(父)はい。ですから、内視鏡で全部やるから。

ただ、その後処理として抗がん剤の、

服用もということは9日に言われましたんですけどね。

 

(所長)じゃあ、お父さんとしてはその予定で。

 

(父)ええ、そうです。

 

(所長)なるほどですね。そのことに関しては、

ご心配とかはあまりないんですか。

 

(父)何を心配してりゃいいのか?

それも分からないんですね。

 

(所長)ああー、なるほどですね。

できれば手術しなければしないに越したことはない。

 

(父)もちろん、それはそうですよ。

それに越したことはありませんけれども。

でも、「いたずらされてるのかな」というようなことで、

「寝た子を起こすようなまねしちゃったのかな」という自分も、

あるんですけどもね。

 

 

明日に続く……。





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