母への告白


 

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今日から、先日、夫の母の所へ行って、

今まで、ここで書き綴ってきたことを話した時の音声を、

ブログで公開することにしました。

 

本当にちゃんと、話せているのか?伝わっているのか?

自分自身での検証と、今後、まだまだ、

やらないといけないこと、話したから終わりではなく、

ここからが、スタートだと感じてたので、

今後のことを考える意味での音声リライトの公開になります。

 

元の性に戻る〜ゲイを治す研究

(紀子)この間ゆっくりお話できなかったから。

お父さんはお父さんのいらっしゃる時に改めてと思ってね。

ずっといろんなことが宏一さんとお父さんの中でも誤解されてて。

正直、宏一さんを見ててもちょっとかわいそうだなというのもあって。

 

言ってみたら、7年も前の話、済んでる話ではあるんですけど。

今回、去年、私が事業を始めるというふうになって、

お父さんとしても全然家業と違う仕事だし。

もちろん、どういう理由があってやりたいという話は恐らく宏一さんから伝わってるとは思うんだけど。

それでもたぶん普通の、お父さんじゃなくても他の人でもたぶん、

それも少々合点がいかないというか、

「何でそこまでしなくちゃいけないんだろう」とたぶん思ってて。

 

田中先生にもずっと研修やってもらってたじゃないですか。

去年一回、「また一年やります」と言って、

11回まで終わってるんだけど、実は残りの12回目がね、

参加してる社員の方もいるんですけど、

12回目がまだ開催できないでいて。

それもやっぱりお父さんと宏一さんの中で新しい事業をやるというふうになって。

 

普通の見方でいったら、ややもすると、

田中先生にそそのかされたとか、

見る人が見たら、たぶんみんなそうやって見られる

と思うんですよ。

それは当然仕方がないというか、当たり前の話なんですけど。

会社以外で、ある意味、佐藤先生と田中先生との関わりが高いため、

何か、もの凄い影響を与えらえていることは、

お父さんとしても分かっていると思うので。

 

逆にそこまでして、しかも会社のお金を使わないで、

身銭を切って宏一さんがやりたいと言った本質というか、

本当の理由の部分というのを、

ずっとお父さんにもお母さんにもお話ししてなくて。

 

それは宏一さんとしては、お父さんとお母さんに当然だけど恩義もあるし、

心配かけたくないのか、

 

「そんなことを思ってた」とか

「そんなことがあった」というのをたぶん言いたく

なかったから、言わないでいたんだと思うんだけど。

 

ただ、それを抜きにしても、逆に言ったらそこを話をしないと、

お父さんとしてもたぶん納得もいかないし。

下手すると、ずっとかれこれ何年も、

田中先生の所にはお世話にもなってて。

でも、この間の感じからすると、お父さんにしてみたら、

たぶん田中先生に対しても疑心暗鬼というか、

 

「何でそんなことまで?」と。

言ってみたら、会社でずっと田中先生を信頼してお金も払って、

決して安くない研修費も年間通して払ってたから、

お父さんの今の状況って、ものすごく当たり前といえば当たり前で。

 

ただ、じゃあ、そこに至るまでの間のことの話を、

逆に本当はちゃんとするべきだったかなと思って。

ずっと宏一さんとしても、どこから何を話していい

かが、きっかけもつかめないというのと。

「それを言ってしまうと、もしかしたら、お父さんもお母さんも」

という、宏一さんの思いやりだと思うんです。

 

というのは、ちょうど今から7年ぐらい前に、

私と宏一さんで東京に滞在した時があったでしょう? 

その時というのは、宏一さん、お父さんが、

 

子作りをしたいという話でね。

 

 

(母)ああー。

 

(紀子)話でね、「行きたいです」と言って。

でその理由も、もちろんお父さんの中では理解して、

「それだったら」と言って。お父さんとしても、

まだまだ今でも現役ですし、

 

「会社、どうするんだ?」と言いながらも、

「それだったら」と言って

送り出してもらったというのがあって。

 

でね、その時というのは、実はなぜそういうことを

わざわざ自ら「子作りのために行きたいです」と

言ったかというと、それはもう、もちろん済んでる

話なんですけど。

 

(以下は、独身の時に、夫が、

どういう形で、佐藤康行との関わりを持って来たかという話しを母に詳しく話しました)

 

(紀子)宏一さんさんは、独身の時から、東京の佐藤先生の所の、

お母さんも一緒に一回行かれた。

 

 

(母)ああ、ああ。

 

(紀子)あの先生の所に、

最初はセミナーみたいなのを受けて、

 

終わった2日目か何か、終わった翌日の月曜日か何か

の時に、いろんなことをすごい感じられて、その日

電話をしたらしいんですね。

 

もちろん私はその当時、まだ宏一さんと知り合う前の話で。

 

知り合う前の時に、電話をした時に、「皆さんがそ

の講座の中でいろんなことをお話ししてたのに、自分は一つも話ができなかった」

という話から。スタッフが最初、出られたらしいんですけど、

いろんな思いがあって、思わず泣いて電話をされたんですって。

 

そしたら、「一度、面談してみたらどうですか」という話から始まって。

その面談した時に宏一さんが、

「皆さんがそういう話をしてる中で、

自分は幼少の時から女性のことも愛せないというか、ゲイだった」と言って。

 

(母)うん、うん。

 

(紀子)そこで初めて告白をしたらしいんですよ。

 

(母)うん、うん。

 

(紀子)その時に先生が言った一言が、何十年、言ってみたら、

親にも、もちろん言えないし、

当然、兄弟も含めて友達関係にも言えなくて。

たぶんあの当時の年齢だから、

30代そこそこの中でずうっと何十年も誰にも言わな

かった話を初めて先生にお話をされたんですって。

 

されたら、先生がそこで一言、

言ったのが、「大丈夫ですよ」と言って、

「元の姓に戻れますよ」という

ことを、ものすごくはっきりおっしゃっていただいて。

 

今までためてたこと、言わなかったことに関して、

やっと解放されてと言って。

 

 

 

(母)うん。

 

 

(紀子)それで、最初の、「子作りのために東京に行きたい」という話のきっかけも、

ある時たまたま宏一さんと2人で講座を受けてたんですよ。

 

基本、先生のやる講座って、何かを教えるわけでもないし、自分たちの中でワークしたり、気づいたりという中で。

その時に宏一さんが言ったことというのが、

 

「性器を切りたい」ということを言ったんですよ。

 

当然、私もそんなことを急に言われ

て、当たり前の話ですけど、

 

「そんなことを思って生きてたの?」というのも、

もちろん驚いたのと。

ただ私も当時、2008年に結婚して、2年たつかたたないかの時に、

 

「そういう思いをずっと抱えたまんま一緒に生活してたんだ」と思って。

 

いろんな話の中で先生がおっしゃったのが……。

普通だったら、「じゃ、何かの原因」とか「この原因」というのが世の中のだいたいなんですって。

 

例えば、まるで誰のせいでもないのに、

お父さんとかお母さんとか、ましてや先祖とか見え

ないもののせいにしたりするのが世の中大半の中で。

それを誰かのせいにしてしまうと、本当にどんど

ん、どんどん現実の世界に現れてくるんですって。

だから、よくテレビなんか見てると、本気で女性に

なりたいと言って。

 

 

(母)ああ、ああ。あるね。

 

(紀子)テレビで手術したいとか言って、その思い

があたかも本当の自分のような感じで、どんどん、

どんどん振り子がこうやって行くみたいな状態でな

るのが、ああやって、まるで生まれつきでしょうが

ないみたいな感じで。

 

(母)ああ、小さい頃から。

 

(紀子)うん。小さい頃からだし、誰もどうするこ

ともできないし、何も無理なんですよというのが、まるであたかもそういう話になっている中で、

 

先生がその時に言ったのは、「あのね、吉田さんね」と言って、

「お父さんとお母さんがいて、おじいちゃんとおば

あちゃんがいて、当然ですけど、私もそうだけど、

みんな先祖がいて、今自分がある」という。

 

(母)うん、うん。

 

 

(紀子)「どういう状況であれ、それを切りたいと

いうことは、半分死んでるのと一緒だよ」と言われ

て。

 

 

(母)うん。

 

(紀子)そこから結構やり取りがあって、質問じゃないけど。でも、普通はそんなことを言ったら、

「こう思われる」とか「ああ思われる」と言って、

言わないことのほうが、もしかするとほとんどだと思うんです。

 

でも、恐らく宏一さんの中で

は、「本当にそうやって思ってるんだから仕方がないじゃない」という中で。

 

 

 

 

(母)ああ、ああ。

 

 

そこに当時、通ったりとか、東京行ったり。

真我開発講座と言って、普通は一般的にいうと

「もう変えられない」とか「生まれつき」と言われているものさえも、

本当の自分に目覚めると、どんどんそういうものさえも超越していって、

まさしく振り子が元に戻るような感じてなってくる

ということだけを、ずっと佐藤先生と、まだ独身の時にそういう話で、

「ちゃんと元の姓に戻りますよ」と。

「ちゃんと自分が望めば結婚もできるし、子供も欲しかったら、

もちろん子供もできるし」というところからの、先生とのスタートで。

 

私はまだ、その当時、宏一さんとも知り合ってなく

て、そこからたまたまセミナーの後の懇親会で、

先生から直接、宏一さんを紹介してもらったんですよ。

 

(母)うん。

 

(紀子)「彼ね、〇〇に住んでて、〇〇の△△会社にいらっしゃる人なんだよ」と言って、

実際その時に紹介してもらって。

で、田中先生のことは、私も田中先生のことをもちろん知ってたし、

宏一さんも宏一さんで個人的にセミナーに出られて、

佐藤先生のとも、田中先生のこともよく知ってらっしゃって。

 

 

(母)うん。

 

(紀子)そこからの(独身)話しで。

 

(母)うーん。

 

(紀子)そう(性器を切りたい)って思ってたのを逆に言ったら、

ただ物を言い聞かせたりとか、「そうじゃない」とか言っ

て、教えでは難しくて。

 

 

(母)うんうん。

 

(紀子)その中で、何回も何回も講座を受講する中

で、それって結局、自分と親とか、自分の先祖と

か、おじいちゃんとかおばあちゃんとかっていうこ

とに対してやってるセミナーって、そこだけなんですよ。

 

 

 

(母)ほおー。

 

 

(紀子)何か例えば哲学だとか教えだとかを学んだ

りとか、佐藤先生の考え方を学んで、その通り行動

したらすごくいいことがあったというのは、世に言う宗教とかって。

 

 

(母)それも言ってた。

宗教じゃないかって。

美佳ちゃんが言ってた。

(妹の名前を出して)

 

(紀子)ねえ。そう。でも、それって本当に、

何で今自分がこうやって生きてるかっていうことだけに、

それだけをずっとやってきてるところがあって。

実際それを「半分死んでますよ」と言われてから、

ちょっと意識もそうだし、自分の中でもいろんなものが変わっていって。

 

そういう中で顕著に表れたのが、

その当時、よく飛行機を利用して東京行ってたんですよ。

その時に、空港でこれって全然普通のことだと思うんですけど、

普通に自分でロビーを歩いてたら、女性が歩いてくるのが見えて。

今までの感じだったら、自分が全然見ず知らずの女性を目で追うなんてことは、

まずなかったそうなんですよ。

 

 

(母)うん。ふうん。

 

(紀子)それを、そういうふうに目で追っていって、追っていった先の所に、

どこ行くんだろうと目で追って、たまたま目の前に別の男性の人がいらっしゃって、

その瞬間にその人に対して、

 

「このおっさん、うらやましいな。この人、ついてるな」というのは、

 

宏一さんの中では、自分で自分の変化にものすごい

 

びっくりされたというのがあって。

 

もちろん、その途中の段階では、

どうしても会社を継ぎたくないと言ったときもあって。

 

 

(母)………。

 

(紀子)お父さんにもその話をしてた時があったんですよ。

その時も先生が「何で継ぎたくないの」という話から、

例えば「吉田君のご兄弟とかで誰か会社を継ぐような人とかはいないの? 

兄弟は誰?」と言っ

て、「妹は、もう嫁いでる」と言って、「弟はまだ若いし」と。

 

(母)無理だわ……。

 

(紀子)ねえ。と言って。当時は今から6年くらい前の話だから、そういう話になって。

 

佐藤先生に、父にも、(会社を継ぎたくない)

その話をしましたって。

向こう何年の間で自分はやれないから、

その間にか適正な人間を選んでくれという。

 

 

 

(母)ああ、ああ。初耳だわ。

 

 

(紀子)うん。そんなことまでも言ってたんですよ。

 

 

 

(母)ああ、本当。

 

 

(紀子)うん。それで、言ってる最中に、その間も

お父さんにも言いながら、佐藤先生の所に通って。

継承って、最近の中小企業って日本はすごく多いん

で、そういう問題を抱えてらっしゃる社長さんっ

て、実は結構たくさんいらっしゃって。個人的に先

生の所にご相談される方もいらっしゃったり。

 

 

(母)ああ。

 

 

(紀子)実際に、ああいう形式でのセミナーをやっ

たことがあって。その当時、宏一さんはたぶん2回か3回ぐらい継承という切り口だけの、

「魂の継承」と言って、そのセミナーだけを受けてたんですよ。結構2回とか3回ぐらいの中で。

 

継ぎたくないというのは裏を返せば、

お父さんのように立派にできないとか、

立派にはちょっと無理じゃないかと、

そういう不安があったりとか。

 

 

(母)うん。

 

(紀子)うん。そういう中で、それでも何か考え方

を学ぶわけではなくて、自分で自分の中で何が継ぎ

たくないと思っているのかということを、すごく対峙していた時期でもあって。

それで、じゃあ、そう言いながらも、

やっぱり会社を見渡したら自分以外

にできる人はいないかなと思って、

その話は一旦落ち着いたんですよ、そこからね。

 

 

(母)ああ。

 

 

(紀子)一回ね、私もよく覚えてるのが、たまたま

お正月で、ここに集まった時にお父さんが私に聞い

たんですよ。「紀子さんは宏君に会社の社長とかを

やってほしくないと思ってるの?」と聞かれたか

ら、たぶんお父さんに「継ぎたくない」って言っ

て、その後やっぱり自分しかいないって話を宏一さん、

きっとしてないんだなというのが分かったから、

「お父さん、でも、ついこの間言ってましたけ

ど、やっぱり今見てると、自分がこの会社を継がな

いといけないというふうに思ったみたいですよ」

と。

 

(母)うん。

 

(紀子)で、そういうこともあって、

一旦は「分かりました。次、自分以外はいないと思った」という

話で、たぶんお父さんはすごく安心されたと思うん

ですよ。

 

もともと最初の子作りをしたいと言って、

あれは7年前だから2010年ぐらいの話なんですよ。

ちょうど春休みか何かのかけてた時期で、

「しばらく東京に滞在しなさい」と言ったのが先生

の助言だったんですよ。

 

 

(母)うんうん。

 

(紀子)「性器を切りたい」なんて言って、

かといって、毎日見張ってるわけにもいかないし、

教えでどうこうできる問題じゃないということも先生は

ずっと真我開発って、もともとそれを発見して、

体言化したりプログラム化して一般の人たちにセミ

ナーをやったりとか。田中先生みたいな形で営業の

切り口だったり経営者向けのというのもいろいろあ

るんですけど。言うならば、本当に根幹の命のこと

に関してやってる以上、やり方を間違ったりとか何

かしたりとかすると、今度全然違う方に触れてしま

うということも、扱い方としては難しいというのも思って。

 

先生が言ったのが、今そうやって持ってることを、

言ってみたら、表現としては、当時アルコール依存の人もいて、薬物依存の人もいて。

 

(母)ああ、ああ。

 

(紀子)薬物といってもいろんな薬物……。

 

(母)治らないでしょう? あれ、一回なったら。

 

(紀子)うん。ねえ。で、薬物はもちろん種類にも

よるんでしょうけど、たまたまその人の薬物という

のは、ぜんそくの薬だったみたいで。

 

(母)ああ、ああ。

 

 

 

(紀子)アルコール依存や薬物依存と宏一さん、

私たち夫婦3組を先生が、ああいうセミナーの基本料金というのがあるんですけど、

ああやって研究というふうにした時というのは一切無償なんですよ、先生がやるのは。

 

 

(母)うんうん。

 

(紀子)何でかと言ったら、1人とか1組の人の問題

は、それが同じような問題を抱えてる人が全世界に

いるだろうということで、「1人に対して人類を私は

対象にしてやってるし、これで金儲けをしようと

か、そういうことのために始めてるわけじゃないか

ら」と言って。

 

 

(母)うん。

 

 

(紀子)「頼まれれば、私には断る権利がない」と

言って、今から30年前にスタートした時から、それ

はずっと一貫してやられてることらしいんですね。

当時、朝から晩まで、寝起きとともにお酒を飲むよ

うな人がいて、全部ご夫婦だったんですよ。

 

(母)ああー。

 

 

(紀子)その中で、「場合によっては吉田君のもやってもいいと思ってるんだけど」

という話の中からのスタートだったんですよ。

それが、7年前の2月に、最初に面談をしてもらっ

て、「今日その研究会の場があるから、もしよかっ

たら」と言って、最初に宏一さんが1人で参加され

て。

 

 

(母)うん。

 

(紀子)というのは翌日、たまたま何か東京でセミナーがあって、

私は当時まだ誠も小さかったか

ら、2人で行くということがあまりなかったんですよ。

で、2日間セミナーがあるから、

その前日の金曜日にお仕事の関係もあって、東京に

行くというのもあって。それが終わって、その間にちょっと面談をする時間があって、

その時に「場合によっては吉田君のこともやってもいいと思ってるんだけど」と言って、

 

「今日、研究会の9回目の時間だから、参加してみ

て」というところの流れから始まって。

 

そこから何してたかというと、東京に滞在したとい

うのもあるんですけど、あの当時滞在したといって

も2週間もなかったと思うんですよ。

2週間もいない、約10日ぐらいの東京の滞在だったんですけど、

時間があればそうやって何気ない、一見すると

 

ちょっとしたやり取りというか、会話だけとか、

「その後、どう?」という、一見するとカウンセリングしてるような感じではあるんですけど。一貫し

て話してることは、もともとそういうことが自分の中で思い込んでるにすぎなくて。

自然治癒力が体にもあるのと一緒で、

ちゃんと心にもあるんですよ。

それが本当の自分なんですよということだけに、

ずっとフォーカスをして話をするんで、

確かにだんだん変化が出てきて。

 

それも依存じゃなくて、自分で自分の意識を変えら

れるように。そうじゃないと、先生の所を離れた

ら、結局また元の木阿弥というんじゃ意味もない

し、時間もお金もかけてそんなことして、

正々堂々とセミナーなんていうのは詐欺集団と一緒なんで。

 

だから、必ずちゃんと自立できるというところまで

をやるというのが、一つの当時の目的で。

 

実際、アルコールや薬物依存の方も、あの人たちは

関東に住んでたんで、割とたまに来られてて。で、

「東京、滞在しなさい」と言って滞在して、その間

に子供ができればそれに越したことはないけれど

も、それだけが目的じゃないというか。そもそも、

本当に自分が何で今こうやって生きてられるのかと

いうことに今思うと、常にそういうことだけに意識

をしてたというか。

 

そうじゃないと、まかり間違うと「自分だけで生きてる」

みたいになりがちなところを、常にそうやっ

てお父さんだったり、お母さんだったりとか先祖に対して、

自分が今あるのが何のおかげなのかとか、

 

そうやっていろんな形を変えて、ずっと対峙してきた中で。

それが今から7年前の話で。

 

 

東京滞在が終わった後も2週に1ぺんぐらい研究会が

平日の中で3時間ぐらいなんですけど、やりますと

言って。もちろん先生の都合もあって。その代わり、

無料でやるという以上は先生の都合でしか動けないというところもあって。

 

 

(母)うん。

 

 

(紀子)お金は一切、正規のセミナー以外は基本、

先生はお金を取ることはまずないんですよ。

その中で2週に1ぺんだけれども、宏一さんは会社もあるし

仕事もあるしという中で、じゃあ、どうするかと

言って。私も当時、先生がやってることも今一つよ

く分からなかったし、極端な話、それでどうにかこ

とがなるのかという疑問も一つあったのと。

 

 

(母)ふふふ。

 

(紀子)ただ当時は、宏一さんは、自分で自分のこ

とをゲイだと言いながらも、

現実の生活の中で、そういう行為に走るということがあったわけじゃなかったので。

 

 

(母)うん。

 

 

(紀子)今一つ、自分の中でも、「こんなこと、意味があるのかな」

というのも実際疑問に思いながら

も、2週に1ぺん行くと、また次の機会は2週間後の

何月何日というのが結構続いてたんですよ。だか

ら、東京滞在が最初に終わってから、

ものすごい8月

ぐらいまで、私も行ける時に行ったりもしてやり続けてた時に、

その当時、会社で田中先生の研修がスタートしてて。

その研修の参加した後か何かに、私はその場にいなかったんですけど。

 

たまたま私が2週に1ぺんそうやって東京に行ったり

来たりしながら生活してた時に、佐藤先生から

 

「何だっけ。そう言えば600億だっけ。すごい金額の清算ができたんでしょう?」と言われて。

それはたぶん宏一さんが、

「実は、ずっとあった借金が、こうやって清算になりました」と言って。

 

 

 

(母)そうだったわ。

 

 

(紀子)田中先生に報告をしてたらしいんですよ。

 

 

(母)ふうん。

 

(紀子)その報告もたぶん田中先生から佐藤先生が聞いて、

佐藤先生が私にそれを聞いて、

 

「あ、そういえば、その話、してたな」というのがあって。宏一さんが言うには、

 

ずっと最初に「性器を切りたいと思ってるんです」と言って、それが当たり前の、

「どうしようもないんです」という感じで言ってた話から半年もしない中で、

今まで全然清算すること

 

に関して動かなかったらしいんですって。

 

銀行の問題にしかり、他の問題にしかり。それが全くピクリともしなかったのが、

その間に粛々と清算という形になって。

普通だったらあり得ないような形での清算がなった時に、

 

自分で(宏一さん)最初は「これが諸悪の根源」と本気で思ってたみたいで。

 

 

(母)うん。

 

(紀子)それを単に叱ったりとかとがめるぐらいじゃ、

あまり意味がないので、「何でそんなふうに思うのか」とか、

「それがどういうことなのか」ということも含めて、

いろいろセミナー中のやり取りがあって。

そうやっていく半年の中で、

まず600億が粛々と清算されたといった時に、

自分で、もしかしたら、ここでやってることというのは一見すると全然関係がないような、

普通の人から見たら薬物依存とかアルコール依存とかゲイを治すといって、

普通じゃなかなか難しい問題に手を付けた時に、

そんな問題が普通の日常の生活の中に影響するなんて誰もそんなことも思ってなかったし、

もちろん私も含めて。

 

でも、そういうのが最初に見えた時に、

 

「ここでやってることって普通のことじゃないかも」というのが最初の認識で。

 

先生は基本、「このおかげだ」とか「これをやったおかげだから」

ということは一切おっしゃらないんですよ。

それを言ってしまうと、さっきの話じゃないけど、

まるで手柄を自分のためにすると。

もちろん中には、「佐藤先生のおかげです、ありがとうございました」とおっしゃられる方もいるし、

 

私も折に触れてそういうことを話することはあるんですけど、

「そう。よかったね」とおっしゃっていただいて。

 

ただ、「私はそのことに関しては、手柄は私のものにはしないから。

ありがとうと一旦は受け取るけど、もともとはそれをやったのはご本人だったり、

ご本人の力だし、本当の自分がやってるにすぎないし、結果として先祖、お父さんとかお母さんとかご先祖のおかげだというのもあるから、

私はお礼を言われても一旦は受け取るけど、

それを自分の手柄にしないで、必ず天に返すようにしてるんです」

ということを前におっしゃったことがあって。

 

そうやって一見すると、なかなか説明がつかない分、

もしかするとそうやって命をつなげることを一生懸命やってたら、

全然動かないようなことが動き始めた時に、

「ここでやってることは単なる営業セミナーとか経営者セミナーというのとは意味が違う

な」というのは無意識の中でちょっと感じてきて。

そこからずっと何年もの中で、一旦は「会社、継ぎたくない」とか言ってみたりとか。

 

(母)……。

 

(紀子)うん。でもある時、そうやってそっちの世界にどうしても興味があって、そこの所に振り子が今度は逆に行ってしまうぐらいの形で、そういった期間も実際あって。その間も結局、こんな問題って誰にも相談もね。

 

 

(母)そうそう。確か。

 

 

母は当時のことを思い出したようでした。

 

ある意味、そのことがきっかけで、

母に初めて、夫は自分がゲイだという告白をした時でもありました。

 

(紀子)ねえ。お母さん。

 

(母)言わなかったよ。

 

(紀子)ねえ。ですよね。

 

(母)うんうん。

 

(紀子)でも、さすがお母さんだなと思った。

 

(母)お父さん、言っとったけど、私も全然。

 

(紀子)ねえ。だから、お父さんにしてみたら、初めて告白されたら、「お母さんには言うな」と。

 

(母)言うたんや。確か、前から、そうやないかなと思ったけど。

 

 

(紀子)そう。おもんばかって、お父さんは「お母さんには言わないほうがいい」と言って、宏一さん

にも言ってたみたいで。

 

(母)うんうん。

 

(紀子)私も7年前の当時は、「お母さんには言う

な」と言われてる話を、

「実はゲイを直しに行きます」なんて、お母さんにも言えないしって。何でこ

の子たち、いつも東京ばっかり行ってね。

 

(母)いやいやいや、そうそう、そうそうそう。

 

(紀子)思うじゃないですか。それで、でも、これ

で子供でも授かったら、ちょっとありかと思いながらも。

 

 

(母)あはは。そうそう。

 

 

その後、ゲイの風俗通いをしていた時の話しをしました。

 

(紀子)週の中に何回も。

 

(母)そうそう。

 

(紀子)「また今日も(ゲイの)風俗に行かれたんですか?」みたいな。普通の認識の世界じゃ、一昔前に「うちの夫、浮気したんですよ」ということを

思い出すと腹が立つという話があるじゃないです

か。でも、私ね、本当にそれがいつもすごいなと思うのが、本当にその当時どこにも相談する所もない

し、ましてやこうやって地元で商売なんかしてたら、下手に誰かにそんな話なんてしたら、自分たち

の生活も危ぶまれるじゃない。だから、まず知り合いにも、

もちろんそんなことも言えないし、言いたくないし、

ましてや自分の親にも言えないしといって。

 

その中で、結局どこをよりどころにするかといった

ら、「もともとそんなことはないですよ」って。

「もともと人間なんて男と女しか生まれてこなく

て、神様はそうやってしか創ってないのに、それが

あたかもまるで違うものが生まれてるようなふうに

言ってるのは解明できないからそう言ってるだけで

あって。私がやってるこの真我のでいったら、

絶対それは元に戻る」と絶対譲らなかったんです

よ、あの先生は。

 

それで、結局そこまで言いきって、しかも最初のま

だ結婚する前の段階で、「大丈夫ですよ。元に戻り

ますよ」と言って。

 

(母)うん。

 

(紀子)そこまでなんの揺るぎもなく言った人にしか相談ができなかったんですよ。

で、その時に相談してた時に、今でいうと笑い話なんですけど、

「あなたね、彼がね、男がいいって言うんだったら、男になればいいじゃない」と言って。

 

 

(母)あはは。

 

(紀子)最初、「この人、いったい何言ってるのかな」とか思って。

 

(母)あはは。

 

(紀子)何、言い出してるのかな。腹も立つし、そ

れこそ。「えっ? どういう意味ですか?」と言っ

て。でも後々になって、とっぴもないことを確かに

言うんですけど、よーく説明を聞くと、ちゃんと利

にかなってるというか。

 

 

(母)うんうん。

 

(紀子)その人が本当に望んでることをかなえてあ

げたら、そこで満足するんだったら。

「だって、他の人だったら困るでしょ?」という話で。

「じゃ、仮に同じようなことが、『私ができます』って別の

女性がそんなことしてもらっちゃったら、困るのは

自分でしょう?」と。そういう本質な面で見たら、

そういうことを言うんですけど。

 

 

(母)うん。

 

(紀子)常にずっとそういうところの中で、何かと

いった時にそういう相談をしてといって。ある時、

本当にここでやってることがいまいちよく分からな

かったんで、何かの時を境に、先生がやるセミナー

だとか、短い時間だったら、フォローとかだと2時間

とか3時間なんですよ。

で、「いったいここでやってることは何なんだろう」という気になって。

相談しに行っちゃあ、「男になれ」とか言ってみたりとか、そこの言葉だけ取ったら誤解をする

ようなことばっかりをさんざん言ってこられて。

 

だって、私は健康だけど、彼が具合が悪いとかね、

病気だと言って、普通の肉体の世界でいったら、

「じゃあ、手術をしましょう」となってるにもかか

わらず、先生が言うことって、

「じゃあ、手術なので」って、私を手術台に上げる

ような話ばっかりだったんですよ。

だから理解ができなくって。

「だって、この人がそうだって言ってるのに、どう

して私なんですか?」という、

普通の人間の頭で考えることに全然理解できないことばっかり言うんで。

 

ある時を境にそれがどうなのか何なのかよく分から

ないけど、まるで本当に何かに、だからその時の行

動だけ見たら、本当にいよいよあの人、

まずい所に洗脳されて、お金だけむしり取られてるんじゃないかというぐらい、

1か月の中で、割と何回か月の中でセミナーもあったりとかするし、

佐藤先生がやるやつに本当に気でも触れたかというぐらい

に通ってた時期があったんですよ。

 

で、通ってた時に、だんだん、だんだん宏一さんが

してる行動に、あんまり自分の感情が最初に今度、

影響されなくなったんですよ。例えば、分かりやす

く言ったら、「ゲイ専用の風俗に行ってきます」み

たいな。

 

(母)うん。

 

(紀子)その痕跡が分かったりとかすると、

ものすごい自分の感情とか、そういうものに振り回されるのが嫌だったし。

 

(母)うん。

 

(紀子)で、「せっかく結婚して一緒にいるのに」というのも嫌だったしって。

かといって、それを何か言ったところで、

どうにかなる話じゃないことも分かってるし、

じゃあ、だったら「元に戻りますよ」と言ってる人の所に行くし

かないかなと思って、行って何が起ころうがどうし

ようがという感じで。本当にそこから、気が触れた

みたいな感じで通い始めた時に、

だんだん、だんだん今度、そういう物事に影響されなくなって、

そっからまたしばらくした時に、何かすごかった。

たぶん、お母さんと一緒に東京行ってセミナーも一緒に

受けたじゃないですか。

 

(母)うん。はあはあ。

 

(紀子)あれを受けて。あれは夏か何かだったじゃ

ないですか。8月か9月でしょう?

 

 

(母)うん。

 

(紀子)8月に何か宏一さんが、

「基礎編があるから一緒に行かない?」と言って、

お母さんと一緒に真我開発講座の基礎編のね。

 

(母)ああ。あった、あった。

 

 

 

(紀子)「2人で行ってきたよ」と言って。

 

(母)そうそう。

 

(紀子)その後、先生のセミナーを3人でといって。

あの場にお姉さんもいたりとかして。

 

(母)あはははは。うん。

 

 

長いので、今日は、ここまで。

 



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